2週間のご無沙汰でした。皆様、いかがお過ごしでしょうか?
前回書いた、
「メルマガに書いてある言葉を読むだけで、あなたが変わる。」
っていう話・・・
なんだか魔術めいて聞こえませんでしたか?
正直自分でも、なんだか自分が"アヤシイ宗教"の教祖様になったような気さえしました。^^;
しかし、「宇宙はすべて情報からできている」という説に従うなら、アヤシイ話も全部、あなたにとっての"現実"なのです。
というわけで、今回はもう少し、科学的な"現実"の定義についての考察をしてみたいと思います。
そこからあなたが何かしら、哲学的な気づきをお持ち帰りいただければこれ幸い。それでは、どうぞ!
~~~
私たち一人ひとりにとっての"世界"とは、私たちの脳の中の情報にすぎず、本当の世界は、私たちには決してみえず、触れないところにあります。
「実際に物に触れるよ?ほらほら」
といいながら何かを触っている方もいらっしゃるかもしれませんが、それは触覚で得た情報を脳が解釈したものを感じているにすぎません。
つまり、私たちの脳が、
目に見えるもの、聞こえている音、食べ物の味や何かを触った感触、重力の感覚など…
これらを総合して、一つの世界という解釈を紡ぎだしているわけです。
そして、その背後にある宇宙の真の姿は、どんなに科学が進歩しても、知ることができない。
私もあなたも、「世界はたぶんこうなっているのだろう」と、日々推論しているに過ぎないのです。そして、それが私たちにとっての、世界のすべてです。
脳が解釈する世界が私たちが知ることができる全てであるならば、
私たちの脳の中の世界こそが、私たちそれぞれにとっての"現実"である、と考えるしかないでしょう。
これを「現実」と呼ぶことに違和感があるのであれば、別の言葉に言い換えていただいても構いません。
といっても、"現実的"には、「その世界」の中で私たちは生きるしかないのです。
人の数だけ、世界があり、真実がある。
これは、間違いないことだと、私(という情報のかたまり)は、信じています。
つまり私は、「そういう宇宙」に住んでいるというわけです。
(そしてこれを読んだあなたの「宇宙」も、少しだけ私の宇宙に似たものになったはずですが ^^)
魔術の話に戻ってみたりしますと。。。^^;
例えば、、、
…ある夕暮れ時。田園風景を見渡す小さな神社にたまたま居合わせた5人の男女。
その全員が、「その場所に神様がいる」という感覚を共有したのなら、その瞬間、そこには実際に神様がいるのです。
・・・私の頭がおかしくなったわけではありませんよ? ^ー^)
ただ単に私は、
「私たちが"世界"と呼んでいるものが、私たち人間の頭の中にしか存在しないとするなら、それが全てだと考えるしかないだろ?」
という話をしているだけです。
例えば、あなたが一人きりの時に空想したものは全て、あなたにとっての"リアル"です。
しかし、一歩あなたが部屋を出て、誰かとその「何か」について話したとき、
相手がその「何か」を認めなければ、その"リアル"は揺らぎます。
人間の集団が大きくなるほど、あなたの頭の中の抽象的な「何か」を維持することは難しくなっていきます。
でもその一方で、長い人間の文化的歴史を経た現在、世界中にいる人間の大多数が共有している「何か」も無数に存在しています。
それらは、果たして人類共通の"現実"として認識されていますが、結局のところ、私たち人類は、数十億の脳の集合体として、世界を推論しているに過ぎない。
ならば、<愛>も、<幸せ>も、<夢>も、<希望>も・・・
<幽霊>のようなものなのではないでしょうか。
ある人間の集団が持つ共通の認識としてのみ、存在するという意味において。
~~~
・・・そして、あなた(の脳)という魔法使いは、あなたのための世界を、今日も紡いでいます。
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
2009年12月6日日曜日
哲学する科学:"幸せ"をコントロールする
先号までで、私たちの幸せは、私たちの遺伝子と私たちのミームによってもたらされている、というところまでお話ししました。
私たちが遺伝子だけの指令で生きているなら、私たちは遺伝子のくれる幸せ(ご褒美)のために行動するだけの存在であったかもしれません。
しかし私たち人間は、見聞きする情報(ミーム)によってプログラムされる生き物であり、
新しいミームに触れ、それらの一部を取り込むことで、脳の中のミームの組み合わせを日々更新し、それによって少しずつ振る舞いが変わっていきます。
~~~
脳がミームというプログラムに従って動作し思考するなら、私たち人間はミームたちの奴隷なのでしょうか?
私は、こう考えます。
「私に組み込まれたミームは組み込まれた瞬間からあなたの一部になるので、どのミームを組み込むかは、(私が取り込んだミームを含めた)私に選択権がある。」
へ理屈のように聞こえますか?
でも、「私」というものの存在を定義しようとすると、どこかに線を引くしかありません。
そして、「"私とは何か"と考える私」は、思考を司る脳の中で、思考をプログラムしているミームたちに他ならないのです。
つまり「思考するあなた」は、あなたが取り込んたミームたちの集合であり、
それは自律的に、新しいミームと取り込んだり、持っているミームを手放したりしながら、自分自身を編集し続ける存在です。
そして日々取り込むミームは少しずつですが確実に、「あなた」を変えていきます。
人の話を聞いたり、テレビやネットやメルマガから入ってくる情報に触れるとき、それはあなたは少し変わります。
自分の判断力に自信があったとしても、その「自分」が少しずつ変わっていくのです。
少し慎重になった方がいいかも、と思ったかもしれませんね?
しかし、どの情報(ミーム)を自分の一部にするかも、今まで取り込んだミームたちによって、既にプログラムされているのです。
そう聞くと結局あなたは、「やっぱりミームの奴隷なんじゃないか!」と感じるかもしれません。
しかし、ミームというのは単に、私たちの心の構成単位に名前を付けたものに過ぎません。
言い換えると、私たちの心は、日々情報の断片を心の外側から取り入れ、進化する存在なのです。
~~~
話を最初に戻しましょう。
「哲学する科学」、つまりこのメールマガジンは、あなたを幸せにするかも?と私は書きました。
ここで私が書いたことは、あなたをプログラムするミームたちについての知識です。
その知識は、読んだあなたの脳と将来の行動さえも、知らず知らずのうちに、もうすでに変えたはずです。
あなたは以前より、あなたに流れ込んでくる情報たちに対して無防備ではありません。
そして無意識のうちに(時には意識的に)、将来の自分によってプラスになりそうな情報を選択し、自分の一部としていくことでしょう。
そのことは、きっとあなたをより快適な状態(幸せ)に導くと、私は信じています。
これからも私は、そんな風にあなたを良い方向に変える情報(ミーム)をあなたに届け、あなたをプログラムしていきます。
そしてあなたが変われば、あなたの脳の中の宇宙も変わり、あなたの脳の中の宇宙は、あなたの外に広がる宇宙に影響を及ぼします。
つまり、「哲学する科学」は、宇宙を編集し、世界を変えるメールマガジンなのです。
そしてついでに、あなたを幸せにします。…たぶん、ちょっとだけ。(^ー^)
~~~
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
私たちが遺伝子だけの指令で生きているなら、私たちは遺伝子のくれる幸せ(ご褒美)のために行動するだけの存在であったかもしれません。
しかし私たち人間は、見聞きする情報(ミーム)によってプログラムされる生き物であり、
新しいミームに触れ、それらの一部を取り込むことで、脳の中のミームの組み合わせを日々更新し、それによって少しずつ振る舞いが変わっていきます。
~~~
脳がミームというプログラムに従って動作し思考するなら、私たち人間はミームたちの奴隷なのでしょうか?
私は、こう考えます。
「私に組み込まれたミームは組み込まれた瞬間からあなたの一部になるので、どのミームを組み込むかは、(私が取り込んだミームを含めた)私に選択権がある。」
へ理屈のように聞こえますか?
でも、「私」というものの存在を定義しようとすると、どこかに線を引くしかありません。
そして、「"私とは何か"と考える私」は、思考を司る脳の中で、思考をプログラムしているミームたちに他ならないのです。
つまり「思考するあなた」は、あなたが取り込んたミームたちの集合であり、
それは自律的に、新しいミームと取り込んだり、持っているミームを手放したりしながら、自分自身を編集し続ける存在です。
そして日々取り込むミームは少しずつですが確実に、「あなた」を変えていきます。
人の話を聞いたり、テレビやネットやメルマガから入ってくる情報に触れるとき、それはあなたは少し変わります。
自分の判断力に自信があったとしても、その「自分」が少しずつ変わっていくのです。
少し慎重になった方がいいかも、と思ったかもしれませんね?
しかし、どの情報(ミーム)を自分の一部にするかも、今まで取り込んだミームたちによって、既にプログラムされているのです。
そう聞くと結局あなたは、「やっぱりミームの奴隷なんじゃないか!」と感じるかもしれません。
しかし、ミームというのは単に、私たちの心の構成単位に名前を付けたものに過ぎません。
言い換えると、私たちの心は、日々情報の断片を心の外側から取り入れ、進化する存在なのです。
~~~
話を最初に戻しましょう。
「哲学する科学」、つまりこのメールマガジンは、あなたを幸せにするかも?と私は書きました。
ここで私が書いたことは、あなたをプログラムするミームたちについての知識です。
その知識は、読んだあなたの脳と将来の行動さえも、知らず知らずのうちに、もうすでに変えたはずです。
あなたは以前より、あなたに流れ込んでくる情報たちに対して無防備ではありません。
そして無意識のうちに(時には意識的に)、将来の自分によってプラスになりそうな情報を選択し、自分の一部としていくことでしょう。
そのことは、きっとあなたをより快適な状態(幸せ)に導くと、私は信じています。
これからも私は、そんな風にあなたを良い方向に変える情報(ミーム)をあなたに届け、あなたをプログラムしていきます。
そしてあなたが変われば、あなたの脳の中の宇宙も変わり、あなたの脳の中の宇宙は、あなたの外に広がる宇宙に影響を及ぼします。
つまり、「哲学する科学」は、宇宙を編集し、世界を変えるメールマガジンなのです。
そしてついでに、あなたを幸せにします。…たぶん、ちょっとだけ。(^ー^)
~~~
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
哲学する科学:ミームがくれる幸せ
私たち人間は、<遺伝子がくれる幸せ>を求めて、四苦八苦しています。
遺伝子の乗り物としての生物である以上、ある程度は遺伝子の都合に振り回されるのは、致し方のないところです。
しかし一方で、私たち人間の脳の中には、遺伝子とは無関係の情報たちも溢れています。
それらは、あなたが生まれた後に、脳の中に入ってきた情報たちです。
目から、耳から、他の感覚器官から・・・
文字として、言葉として、他者の行いとして・・・
・・・例えば思春期の頃、あなたが「父の背中が語る何か」に気がついた時、あなたの脳はその「何か」を取り込み、自分のプログラムの大切な一部として組み込み・・・
そしてその瞬間からその「何か」が、あなたの行動に影響を及ぼし始めたはずです。
あるいは、昨日ネットを検索していてたまたま見つけたブログに書いてあって、あなたの心を引き付けた「何か」もまた、あなたの脳に取り込まれ、今ではあなたの一部として動き始めています。
私たちが生きるということは、こんな風に日々、外界からの情報を取捨選択し、私たちの心を、そして未来の自分の行動を作り上げていくプロセスそのものなのです。
そしてこの、「取捨選択される情報」を「ミーム」と呼びます。
ミームは様々な形で日々、私たちの中に入ってきます。
現代社会では、ネットやテレビ、本やメルマガなどからも、洪水のように押し寄せてきます。
そしてそれら無数のミームたちの一部はあなたの心に残り、あなたの一部となっていきます。
〜〜〜
では、その「ミーム」がくれる幸せとは、どのようなものなのでしょうか?
生まれてからこれまで、あなたの中に取り込まれた無数のミームたち。それがあなたの心を形作っています。
あなたが何を信じるか、何を尊いと思うか、それもまた、あなたの心が、どんなミームによって構成されているかで決まります。
(遺伝子が与えてくれる以外の)あなたの心が感じる幸せは、それらのミームたちの囁きなのです。
つまり、ミームがくれる幸せは、<あなた自身の心が感じる幸せ>です。
あなたの心が、あなたの体験を解釈し、深く納得し満足するとき、
それは、あなたの「心の遺伝子」である、ミームがそうさせているのです。
〜〜〜
ところで、ミームも遺伝子と同じく、「利己的」な存在であり、人間の「幸せ」には無頓着です。
それらは単純に、コピーされる機会があればコピーされ、人から人へ、会話やメディアをとうして増殖するのみです。
その結果として、私たちの心が構成されていき、私たちの行動が生まれてきます。
私たちは遺伝子の命令で動くのみならず、脳の中のミームたちの命令で動いているとも言えるのです。
では、私たちはどうしたら自らを幸せに導けるというのでしょうか?
〜〜〜
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
遺伝子の乗り物としての生物である以上、ある程度は遺伝子の都合に振り回されるのは、致し方のないところです。
しかし一方で、私たち人間の脳の中には、遺伝子とは無関係の情報たちも溢れています。
それらは、あなたが生まれた後に、脳の中に入ってきた情報たちです。
目から、耳から、他の感覚器官から・・・
文字として、言葉として、他者の行いとして・・・
・・・例えば思春期の頃、あなたが「父の背中が語る何か」に気がついた時、あなたの脳はその「何か」を取り込み、自分のプログラムの大切な一部として組み込み・・・
そしてその瞬間からその「何か」が、あなたの行動に影響を及ぼし始めたはずです。
あるいは、昨日ネットを検索していてたまたま見つけたブログに書いてあって、あなたの心を引き付けた「何か」もまた、あなたの脳に取り込まれ、今ではあなたの一部として動き始めています。
私たちが生きるということは、こんな風に日々、外界からの情報を取捨選択し、私たちの心を、そして未来の自分の行動を作り上げていくプロセスそのものなのです。
そしてこの、「取捨選択される情報」を「ミーム」と呼びます。
ミームは様々な形で日々、私たちの中に入ってきます。
現代社会では、ネットやテレビ、本やメルマガなどからも、洪水のように押し寄せてきます。
そしてそれら無数のミームたちの一部はあなたの心に残り、あなたの一部となっていきます。
〜〜〜
では、その「ミーム」がくれる幸せとは、どのようなものなのでしょうか?
生まれてからこれまで、あなたの中に取り込まれた無数のミームたち。それがあなたの心を形作っています。
あなたが何を信じるか、何を尊いと思うか、それもまた、あなたの心が、どんなミームによって構成されているかで決まります。
(遺伝子が与えてくれる以外の)あなたの心が感じる幸せは、それらのミームたちの囁きなのです。
つまり、ミームがくれる幸せは、<あなた自身の心が感じる幸せ>です。
あなたの心が、あなたの体験を解釈し、深く納得し満足するとき、
それは、あなたの「心の遺伝子」である、ミームがそうさせているのです。
〜〜〜
ところで、ミームも遺伝子と同じく、「利己的」な存在であり、人間の「幸せ」には無頓着です。
それらは単純に、コピーされる機会があればコピーされ、人から人へ、会話やメディアをとうして増殖するのみです。
その結果として、私たちの心が構成されていき、私たちの行動が生まれてきます。
私たちは遺伝子の命令で動くのみならず、脳の中のミームたちの命令で動いているとも言えるのです。
では、私たちはどうしたら自らを幸せに導けるというのでしょうか?
〜〜〜
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
哲学する科学:遺伝子がくれる幸せ
あなたにとって、幸せとはなんですか?
愛する人と結ばれること?
おいしいごちそうを毎日食べられれば幸せ?
使いきれないほどの財産を持ち、なんでも買えるようになること?
生命の危険を一切感じることなく、平和に暮らせることかもしれませんね。
それとも、セレブになって世間の羨望を集めることでしょうか。
〜〜〜
ところで、人間が感じる幸せは、大きく2つに分けることができます。
一つは、
<遺伝子が与える幸せ>
もうひとつは、
<ミームが与える幸せ>
です。
〜〜〜
<遺伝子が与える幸せ>とは?
人間は遺伝的に、異性からもてはやされたり、満腹になった時、または暖かな寝床でぐっすり眠るとき、幸福感を感じるようにできています。
その幸福感は、エンドルフィンやエンケファリンなどの脳内の神経達物質の分泌によってもたらされることが分かっています。
これらの神経伝達物質は"脳内麻薬"とも呼ばれ、遺伝的にプログラムされたルールによって分泌され、私たちを一時的にとてもハッピーにしてくれます。
つまり、遺伝子がくれる幸福感とは、遺伝子が生き残るために頑張ったことに対する、私たちへのご褒美なのです。
〜〜〜
私たちが感じる幸せのほとんどは、根源的なレベルでは上記のような<遺伝子がくれる幸せ>です。
言いかえれば遺伝子が、
「よーし、よくやった。偉いぞ、その調子だ。ほれっ、お前の好きな"幸せ"をやろう。」
と、飼い主がペットに好物のエサを投げ与えているのに似ている、とも言えます。
うーん、なんだかちょっと癪に障りますね。。。
しかし、どうあがいても人間は遺伝子の乗り物であることから逃れられない存在なので、残念ながら甘んじて受け入れるしかないのです。
見方を変えると、こんな風にも考えることができます。
遺伝子に組み込まれていますから、<遺伝子がくれる幸せ>は誰に教わらなくても、私たち人間が生まれた瞬間から感じることができます。
(赤ちゃんでも、泣いたり笑ったりできますよね?)
つまり私たちは、生まれながらにして、幸せ(と不安)を感じる能力を持っているとも言えます。^^)
〜〜〜
そうはいっても、私たち人間は<遺伝子がくれるアメとムチ>には、なかなか逆らうことができません。
ただ、それでも人間は他の動物と違い、完全に遺伝子のいいなりというわけではありません。
なぜなら、人間は"ミーム"の乗り物でもあるのですから。
というわけで、次回は<ミームがくれる幸せ>について考えてみましょう。
<「ミームってなんだよ?」とお思いの、最近読者登録して下さったあなたへ>
バックナンバーのこの辺りを読んでいただくと、なんとなくおわかりいただけると思います。
哲学する科学:ミームを知らないの? http://hammerchop-thinking-science.blogspot.com/2009/10/blog-post_6829.html
哲学する科学:心の遺伝子、ミーム http://hammerchop-thinking-science.blogspot.com/2009/10/blog-post_5325.html
〜〜〜
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
愛する人と結ばれること?
おいしいごちそうを毎日食べられれば幸せ?
使いきれないほどの財産を持ち、なんでも買えるようになること?
生命の危険を一切感じることなく、平和に暮らせることかもしれませんね。
それとも、セレブになって世間の羨望を集めることでしょうか。
〜〜〜
ところで、人間が感じる幸せは、大きく2つに分けることができます。
一つは、
<遺伝子が与える幸せ>
もうひとつは、
<ミームが与える幸せ>
です。
〜〜〜
<遺伝子が与える幸せ>とは?
人間は遺伝的に、異性からもてはやされたり、満腹になった時、または暖かな寝床でぐっすり眠るとき、幸福感を感じるようにできています。
その幸福感は、エンドルフィンやエンケファリンなどの脳内の神経達物質の分泌によってもたらされることが分かっています。
これらの神経伝達物質は"脳内麻薬"とも呼ばれ、遺伝的にプログラムされたルールによって分泌され、私たちを一時的にとてもハッピーにしてくれます。
つまり、遺伝子がくれる幸福感とは、遺伝子が生き残るために頑張ったことに対する、私たちへのご褒美なのです。
〜〜〜
私たちが感じる幸せのほとんどは、根源的なレベルでは上記のような<遺伝子がくれる幸せ>です。
言いかえれば遺伝子が、
「よーし、よくやった。偉いぞ、その調子だ。ほれっ、お前の好きな"幸せ"をやろう。」
と、飼い主がペットに好物のエサを投げ与えているのに似ている、とも言えます。
うーん、なんだかちょっと癪に障りますね。。。
しかし、どうあがいても人間は遺伝子の乗り物であることから逃れられない存在なので、残念ながら甘んじて受け入れるしかないのです。
見方を変えると、こんな風にも考えることができます。
遺伝子に組み込まれていますから、<遺伝子がくれる幸せ>は誰に教わらなくても、私たち人間が生まれた瞬間から感じることができます。
(赤ちゃんでも、泣いたり笑ったりできますよね?)
つまり私たちは、生まれながらにして、幸せ(と不安)を感じる能力を持っているとも言えます。^^)
〜〜〜
そうはいっても、私たち人間は<遺伝子がくれるアメとムチ>には、なかなか逆らうことができません。
ただ、それでも人間は他の動物と違い、完全に遺伝子のいいなりというわけではありません。
なぜなら、人間は"ミーム"の乗り物でもあるのですから。
というわけで、次回は<ミームがくれる幸せ>について考えてみましょう。
<「ミームってなんだよ?」とお思いの、最近読者登録して下さったあなたへ>
バックナンバーのこの辺りを読んでいただくと、なんとなくおわかりいただけると思います。
哲学する科学:ミームを知らないの? http://hammerchop-thinking-science.blogspot.com/2009/10/blog-post_6829.html
哲学する科学:心の遺伝子、ミーム http://hammerchop-thinking-science.blogspot.com/2009/10/blog-post_5325.html
〜〜〜
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
哲学する科学:"計算する宇宙"編・補足
こんにちは、モリモトケンイチです。(なんとなくカタカナにしてみました)
前回までの"計算する宇宙"編、いかがでしたでしょうか?
前回までのシリーズの結びの部分で私は、「私たちが生きる意味は、自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示すことだ。」と書きました。
(最近ご登録された方はぜひ、バックナンバー http://bn.mini.mag2.com/backno/listView.do?magId=M0094525 をご参照ください。)
蛇足かもしれませんが、誤解を避けるために少し補足します。
「自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示す」
とは、
「内なる宇宙を完成させるために、精一杯努力しなければならない」
という意味ではなく、むしろ
「あなたは宇宙を丸ごと一つ入れた器のようなもので、ただ在るだけで素晴らしいものなのですよ。」
という意味を込めたものです。
それが、"計算する宇宙"という考え方が私、モリモトケンイチという"計算ユニット"に入力された結果出てきた"計算結果"であり、
「人間とは何か?」
「人が生きる意味は何か?」
という哲学的な問いに対する、一つの答えです。
〜〜〜
というわけで、決して
「すごい宇宙を脳内に構築するために、頑張らないといかんよ」
という話ではありません。
誤解していやな気分になってしまった人もいるかもしれないので、念のためくどくどと書いてしまいました。すみません ^^;)
〜〜〜
「でも、そんなことを言われても、私の悩みは一向に解消されないんだけど?」
とか、
「自分が何者かわかることで幸せになれると聞いたんだけど、全然そんな気がしないね?」
というツッコミもちらほら聞こえてくるようで…
というわけで次回からは、
『哲学する科学』は、あなたを幸せにするかも?
というお話です。
〜〜〜
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
前回までの"計算する宇宙"編、いかがでしたでしょうか?
前回までのシリーズの結びの部分で私は、「私たちが生きる意味は、自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示すことだ。」と書きました。
(最近ご登録された方はぜひ、バックナンバー http://bn.mini.mag2.com/backno/listView.do?magId=M0094525 をご参照ください。)
蛇足かもしれませんが、誤解を避けるために少し補足します。
「自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示す」
とは、
「内なる宇宙を完成させるために、精一杯努力しなければならない」
という意味ではなく、むしろ
「あなたは宇宙を丸ごと一つ入れた器のようなもので、ただ在るだけで素晴らしいものなのですよ。」
という意味を込めたものです。
それが、"計算する宇宙"という考え方が私、モリモトケンイチという"計算ユニット"に入力された結果出てきた"計算結果"であり、
「人間とは何か?」
「人が生きる意味は何か?」
という哲学的な問いに対する、一つの答えです。
〜〜〜
というわけで、決して
「すごい宇宙を脳内に構築するために、頑張らないといかんよ」
という話ではありません。
誤解していやな気分になってしまった人もいるかもしれないので、念のためくどくどと書いてしまいました。すみません ^^;)
〜〜〜
「でも、そんなことを言われても、私の悩みは一向に解消されないんだけど?」
とか、
「自分が何者かわかることで幸せになれると聞いたんだけど、全然そんな気がしないね?」
というツッコミもちらほら聞こえてくるようで…
というわけで次回からは、
『哲学する科学』は、あなたを幸せにするかも?
というお話です。
〜〜〜
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2009年11月1日日曜日
宇宙を計算する「私」
子供の頃、つくば科学博覧会というのがありました。いわゆる「科学万博」ってやつですね。
科学をテーマにした様々な展示を、様々な国や企業が出展していました。
その中で忘れられないのが、富士通館でみた、「ザ・ユニバース」という映像作品です。
当時としては画期的な三次元のコンピュータグラフィックスで描かれた、太陽系の歴史でした。
その作品に詰まっていたのは最先端の映像技術だけではなく、私たち人間がどこからやってきたのか、という問いへ果敢に答えようとする"意志"も含まれていました。
それは、こんなナレーションで締めくくられます。
≪・・・私たちは、宇宙から生まれてきたのです。。≫
どういうわけか、幼い"魂"が震えて・・・・そして、涙が溢れました。
~~~~
ええと・・・わたしがお母さんから生まれてきたことは知っていますよ?(見たわけではありませんが ^^;)
でも、ある意味においては確かに宇宙から生まれてきたのは間違いない。
わたしはそう納得し、自分が何者かわかったと感じました。それは、とても幸せな時間でした。
~~~~
しかし、欲張りで忘れっぽいわたしは、しばらくするとこう自問していました。
「宇宙から生まれてきたのはわかった。でも、俺って一体なんなんだ? 何のために存在してるんだ?」
~~~~
セス・ロイドの"宇宙をプログラムする宇宙"を読むと、
「宇宙の本質は物質ではなく、実は情報こそが本質であり、その営みは全て"計算"とみなすことができる」
という考え方が頭の中に入ってきます。
これは一つのパラダイム・シフトであり、私はもう以前のように世界を眺めません。
映画『銀河ヒッチハイクガイド』を見た後の感覚が、今ではより強化された形で戻ってきています。
今度は≪計算中≫というテロップだけでなく、視界にある物体が数字の集まりに見えるし・・・
人と人が会話しているのを見ると、言葉という情報が交換され、脳がそれを取捨選択している様子が見て取れます。
・・・もちろん、いつもではないですけどね。
~~~~
「人間はなぜ生まれてきたの? それに何に意味があるの?」
セス・ロイドの"計算する宇宙"理論を踏まえると、このように考えることができます。
≪宇宙は巨大な量子コンピュータである。≫
≪そして私たちの脳もまた、プログラム可能な計算機(コンピュータ)である。≫
生物は、無生物を使った計算の中から生まれました。
そしてDNAを使った計算の中から、ヒトは生まれました。
人間より単純な生き物は、遺伝淘汰によって洗練された生き残りのための行動(プログラム)を実行しているだけのように見えます。
例えば、蚊は二酸化炭素濃度の高い方へ移動するようプログラムされており、その行動は食料である動物の血液を発見することに繋がっています。
人間は、それよりはるかに複雑ですが、遺伝子とミームによってプログラムされる機械であり、その行動は、長い遺伝淘汰で洗練された生き残りのための先天的プログラムと、後天的に獲得した脳内のプログラム(ミーム?)の淘汰によって規定されている、と考えられます。
私たちは宇宙の長い計算過程の中で生みだされ、今では宇宙の一部として、それぞれが複雑な計算を行っています。
何のために?
それは、宇宙の計算が終わってみないとわからない、と計算機の科学は言っています。
しかし、こう考えることもできます。
ヒトは機械だが、宇宙というどんな芸術作品もかなわない複雑精緻で美しい機械の一部だ。
計算機が問題を解くには、計算対象のモデル(コピー)をその内部に作る必要があります。
つまり、宇宙(世界)について考える一人ひとりの人間の脳の中には、それぞれ違う宇宙が存在する、というわけです。
よって、宇宙の中にはヒトの数だけ宇宙が存在します。
ヒトはそれぞれが、宇宙の中に宇宙を作り出す存在なのです。
私たちは「考え」ます。
それは、宇宙の中で一人、宇宙を作り出す作業なのです。
人は、人と交わります。
それは、宇宙と宇宙のぶつかり合いでもあるのです。
そしてぶつかり合った宇宙は、互いに影響しあい、それぞれの形を変えていきます。
今日も私たちは、宇宙を丸ごとひとつ抱えたまま目を覚まし、街を歩き、"他の宇宙"と情報を交換し、内なる宇宙の姿を少しずつ変えながら「生きて」います。
だから、私はこう考えるのです。
私たちが生きる意味は、自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示すことだ、と。
(計算する宇宙編、完)
参考文献
宇宙をプログラムする宇宙
セス・ロイド著
早川書房
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
科学をテーマにした様々な展示を、様々な国や企業が出展していました。
その中で忘れられないのが、富士通館でみた、「ザ・ユニバース」という映像作品です。
当時としては画期的な三次元のコンピュータグラフィックスで描かれた、太陽系の歴史でした。
その作品に詰まっていたのは最先端の映像技術だけではなく、私たち人間がどこからやってきたのか、という問いへ果敢に答えようとする"意志"も含まれていました。
それは、こんなナレーションで締めくくられます。
≪・・・私たちは、宇宙から生まれてきたのです。。≫
どういうわけか、幼い"魂"が震えて・・・・そして、涙が溢れました。
~~~~
ええと・・・わたしがお母さんから生まれてきたことは知っていますよ?(見たわけではありませんが ^^;)
でも、ある意味においては確かに宇宙から生まれてきたのは間違いない。
わたしはそう納得し、自分が何者かわかったと感じました。それは、とても幸せな時間でした。
~~~~
しかし、欲張りで忘れっぽいわたしは、しばらくするとこう自問していました。
「宇宙から生まれてきたのはわかった。でも、俺って一体なんなんだ? 何のために存在してるんだ?」
~~~~
セス・ロイドの"宇宙をプログラムする宇宙"を読むと、
「宇宙の本質は物質ではなく、実は情報こそが本質であり、その営みは全て"計算"とみなすことができる」
という考え方が頭の中に入ってきます。
これは一つのパラダイム・シフトであり、私はもう以前のように世界を眺めません。
映画『銀河ヒッチハイクガイド』を見た後の感覚が、今ではより強化された形で戻ってきています。
今度は≪計算中≫というテロップだけでなく、視界にある物体が数字の集まりに見えるし・・・
人と人が会話しているのを見ると、言葉という情報が交換され、脳がそれを取捨選択している様子が見て取れます。
・・・もちろん、いつもではないですけどね。
~~~~
「人間はなぜ生まれてきたの? それに何に意味があるの?」
セス・ロイドの"計算する宇宙"理論を踏まえると、このように考えることができます。
≪宇宙は巨大な量子コンピュータである。≫
≪そして私たちの脳もまた、プログラム可能な計算機(コンピュータ)である。≫
生物は、無生物を使った計算の中から生まれました。
そしてDNAを使った計算の中から、ヒトは生まれました。
人間より単純な生き物は、遺伝淘汰によって洗練された生き残りのための行動(プログラム)を実行しているだけのように見えます。
例えば、蚊は二酸化炭素濃度の高い方へ移動するようプログラムされており、その行動は食料である動物の血液を発見することに繋がっています。
人間は、それよりはるかに複雑ですが、遺伝子とミームによってプログラムされる機械であり、その行動は、長い遺伝淘汰で洗練された生き残りのための先天的プログラムと、後天的に獲得した脳内のプログラム(ミーム?)の淘汰によって規定されている、と考えられます。
私たちは宇宙の長い計算過程の中で生みだされ、今では宇宙の一部として、それぞれが複雑な計算を行っています。
何のために?
それは、宇宙の計算が終わってみないとわからない、と計算機の科学は言っています。
しかし、こう考えることもできます。
ヒトは機械だが、宇宙というどんな芸術作品もかなわない複雑精緻で美しい機械の一部だ。
計算機が問題を解くには、計算対象のモデル(コピー)をその内部に作る必要があります。
つまり、宇宙(世界)について考える一人ひとりの人間の脳の中には、それぞれ違う宇宙が存在する、というわけです。
よって、宇宙の中にはヒトの数だけ宇宙が存在します。
ヒトはそれぞれが、宇宙の中に宇宙を作り出す存在なのです。
私たちは「考え」ます。
それは、宇宙の中で一人、宇宙を作り出す作業なのです。
人は、人と交わります。
それは、宇宙と宇宙のぶつかり合いでもあるのです。
そしてぶつかり合った宇宙は、互いに影響しあい、それぞれの形を変えていきます。
今日も私たちは、宇宙を丸ごとひとつ抱えたまま目を覚まし、街を歩き、"他の宇宙"と情報を交換し、内なる宇宙の姿を少しずつ変えながら「生きて」います。
だから、私はこう考えるのです。
私たちが生きる意味は、自らの内なる宇宙を完成させ、大いなる宇宙に示すことだ、と。
(計算する宇宙編、完)
参考文献
宇宙をプログラムする宇宙
セス・ロイド著
早川書房
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
哲学する宇宙
『実は、宇宙は自分自身を計算している。自らの振る舞いを計算しているのである。』~セス・ロイド
~~~~
「宇宙はコンピュータだ!」などといわれると、
「そうかい、宇宙はコンピュータなんだね。じゃあ一体何を計算しているの?」
と、誰しも疑問に思いますよね?
セス・ロイドは、『宇宙は宇宙自身を計算しているのだ』と言い放ちます。
「なんだと?!」
と思わずつぶやきつつ、私はどこか背筋が寒くなる思いでした。
その感覚の正体はすぐにはわかりませんでしたが、やがて、"私というコンピュータ"はこんな結果をはじき出したのです。
「宇宙自身を計算する宇宙」は、「<私はいったい何なんだ>と考える人間」に似ている。
~~~~
<宇宙の"情報処理革命"史>の回で以下のような話をしました。
「コンピュータは意味のある仕事をしているけど、"遺伝情報の情報処理"って何か意味があるの?」
と考えることは、
「人間はなぜ生まれてきたの? それに何に意味があるの?」
と問うているとも取れる、と。
~~~~
「宇宙自身を計算する宇宙」が「自分の存在について考える人間」と似ているというのなら、「計算すること=考えること」なのでしょうか?
「考える」というのは、ある問いに対する答えを求めて情報を処理する、ということだと思います。
例えば、「目的地へ行くのに2つのルートがあるとして、どちらを選ぶか」と「考える」時は、情報を集めて頭の中で実際にそれぞれのルートで移動した場合のことを予想して、それらを比較しますよね?
比較のポイントもいろいろ考えられます。「どちらが早く着く?」「快適なのはどっち?」「楽しいのは?」
一般的には早く着くことを重視しそうですが、時間的余裕があれば、楽しいルートを選ぶかもしれませんね。
これは、脳というコンピュータが当面の課題に対してシミュレーションを行い、結果を評価して次の動作を決定するのに利用する、という一連の計算過程であると見て取れます。
では、目の前に見たことのない物体が現れた場合、私たちはどんな計算をするのでしょうか?
→今までに見たことのある物体に似た形のものはないか、記憶にあるデータと比較する。
→触ってみて、触感で記憶データを検索する。
→叩いてみて、音で(以下同文)
→においをかいで、それで(以下同文)
もしそれでもわからなければ、分散処理の出番です。
→誰かに電話をかけて物体の特徴を伝え、記憶データの検索結果を返してもらう。
上記のどこかで記憶上の物体と一致すればめでたく計算終了ですが、一致しなければ、集めたデータとともに「○月×日、△△で見た物体エックス」として記憶領域に格納されるか、きっぱり忘れてしまうかのいずれかでしょう。(忘れていいかどうかについても、一連の計算が行われます。)
同様に、
私はあの人が好きなのか? そうであるなら、どう行動すべきか?
あの失敗(または成功)の原因は何か? 反省して将来に生かすべき点はあるか?
腹減ったな。何食べようか? 朝食べたのはなんだっけ?体にいいのはやっぱアレかな?
といった考え、思考は、全て脳内の情報処理として捉えることができます。
つまり、「考えること」は「与えられたデータについて計算すること」であり、
故に「宇宙は考えている」とも言えます。
ところで、宇宙は何について計算しているんでしたっけ?
ロイド「宇宙自身についてだよ」
ということは・・・
宇宙は哲学している。「宇宙とは何か?」について。
では、私たち人間はその中で、何をしているのでしょうか?
(次回、"計算する宇宙"編の最終回です。)
参考文献
宇宙をプログラムする宇宙
セス・ロイド著
早川書房
ご意見、ご希望、ご質問は mailto:thinking-science@live.jp まで
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「宇宙はコンピュータだ!」などといわれると、
「そうかい、宇宙はコンピュータなんだね。じゃあ一体何を計算しているの?」
と、誰しも疑問に思いますよね?
セス・ロイドは、『宇宙は宇宙自身を計算しているのだ』と言い放ちます。
「なんだと?!」
と思わずつぶやきつつ、私はどこか背筋が寒くなる思いでした。
その感覚の正体はすぐにはわかりませんでしたが、やがて、"私というコンピュータ"はこんな結果をはじき出したのです。
「宇宙自身を計算する宇宙」は、「<私はいったい何なんだ>と考える人間」に似ている。
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<宇宙の"情報処理革命"史>の回で以下のような話をしました。
「コンピュータは意味のある仕事をしているけど、"遺伝情報の情報処理"って何か意味があるの?」
と考えることは、
「人間はなぜ生まれてきたの? それに何に意味があるの?」
と問うているとも取れる、と。
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「宇宙自身を計算する宇宙」が「自分の存在について考える人間」と似ているというのなら、「計算すること=考えること」なのでしょうか?
「考える」というのは、ある問いに対する答えを求めて情報を処理する、ということだと思います。
例えば、「目的地へ行くのに2つのルートがあるとして、どちらを選ぶか」と「考える」時は、情報を集めて頭の中で実際にそれぞれのルートで移動した場合のことを予想して、それらを比較しますよね?
比較のポイントもいろいろ考えられます。「どちらが早く着く?」「快適なのはどっち?」「楽しいのは?」
一般的には早く着くことを重視しそうですが、時間的余裕があれば、楽しいルートを選ぶかもしれませんね。
これは、脳というコンピュータが当面の課題に対してシミュレーションを行い、結果を評価して次の動作を決定するのに利用する、という一連の計算過程であると見て取れます。
では、目の前に見たことのない物体が現れた場合、私たちはどんな計算をするのでしょうか?
→今までに見たことのある物体に似た形のものはないか、記憶にあるデータと比較する。
→触ってみて、触感で記憶データを検索する。
→叩いてみて、音で(以下同文)
→においをかいで、それで(以下同文)
もしそれでもわからなければ、分散処理の出番です。
→誰かに電話をかけて物体の特徴を伝え、記憶データの検索結果を返してもらう。
上記のどこかで記憶上の物体と一致すればめでたく計算終了ですが、一致しなければ、集めたデータとともに「○月×日、△△で見た物体エックス」として記憶領域に格納されるか、きっぱり忘れてしまうかのいずれかでしょう。(忘れていいかどうかについても、一連の計算が行われます。)
同様に、
私はあの人が好きなのか? そうであるなら、どう行動すべきか?
あの失敗(または成功)の原因は何か? 反省して将来に生かすべき点はあるか?
腹減ったな。何食べようか? 朝食べたのはなんだっけ?体にいいのはやっぱアレかな?
といった考え、思考は、全て脳内の情報処理として捉えることができます。
つまり、「考えること」は「与えられたデータについて計算すること」であり、
故に「宇宙は考えている」とも言えます。
ところで、宇宙は何について計算しているんでしたっけ?
ロイド「宇宙自身についてだよ」
ということは・・・
宇宙は哲学している。「宇宙とは何か?」について。
では、私たち人間はその中で、何をしているのでしょうか?
(次回、"計算する宇宙"編の最終回です。)
参考文献
宇宙をプログラムする宇宙
セス・ロイド著
早川書房
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