『どちらにしても、私たちが見出したある知識によって、世界の現実性=リアリティへの確信が根底から揺らぐのです。』 ~ベンジャミン・リベット
ベンジャミン・リベットは米国の実験神経生理学者です。そして彼は、以下のような疑問を持っていました。
「脳内の神経細胞の物質的活動がいかにして、外界についての感覚的な気づき、考え、美的感覚、ひらめき、精神性、情熱といった、非物質的な現象である主観的な意識経験を引き起こすことができるのか?」
そしてその疑問を解き明かすために、1950年代から30年ほどの間、脳内の精神活動を様々な実験を通して捉えようとしました。そしてそこでわかったことは驚くべきことで、科学者たちの間で大きな議論のもととなりました。
彼が実験で最初に発見したこと。それは・・・
≪人間が何かに「気がつく」には、かならず0.5秒かかる。≫
というものでした。
例えば、いま誰かがいきなりあなたの手をつかんだ!としても、それにあなたが気がつくのは、実際につかまれた0.5秒後ということです。
…信じられますか?
では、具体的にリベットがどういう実験を行ったのかごく簡単にご紹介しましょう。
脳に疾患を持つ患者と担当医の協力のもと、患者の皮膚への刺激のタイミングと、患者が感じるタイミング、さらには、脳の感覚野(身体感覚を処理する脳の部位)へ電極を付け、皮膚に刺激を受けたのと同じ電位を発生させ、実際に皮膚に刺激を加えた場合の反応と比較する、といった内容のものでした。
そしてその結果は…
→電極を使って感覚皮質を刺激しても、0.5秒以下なら被験者はなにも感じない。
→感覚皮質を0.5秒以上電気刺激すると、被験者は皮膚を触られていると感じる。
→実際に皮膚を一瞬だけ触ると、感覚皮質は0.5秒活性化され、その後被験者は触られていると感じる。
ということは、触られたという感覚は、実際に触られた瞬間の0.5秒後にしか起きえない、ということになります。
しかし私たちは日常的に、皮膚に触られたら即座に感じるということを経験して「知って」います。上記の実験結果はこれに反するのではないでしょうか?それとも即座に感じるということ自体が錯覚だというのでしょうか?
この疑問に関するリベットの説明を、いきなり手をつかまれた場合に当てはめるとこうなります。
1.いきなり手をつかまれる。
2.0.5秒後に、手をつかまれたと気がつく。
3.脳の中で、手をつかまれた瞬間と気がついた瞬間が一緒だったということにされる。
なんだか、きつねにつままれたような気分になりますが・・・
つまり、私たちの脳(の無意識の部分)は、意識が体験する物語を作り上げている、ということのようです。
言い換えると、意識が見ている世界は、感覚器官からの入力や記憶にある事柄などを材料に、無意識が作り上げた仮想現実である、ということになるのかもしれません。
同じものを見ても、私たちの感じ方は人それぞれです。
それは、私たちが実は世界そのものを見ているのではなく、個性ある私たちの脳が無意識に紡ぐ世界を私たちが見ているからに他ならず、同じ世界はひとつとしてないのです。
最後に、リベットが著書の中で自分の発見の意味について語った言葉を贈ります。
『ある事象が起こった後の時点の意識的なアウェアネスにおける最大0.5秒間の遅延から、多くの哲学的な意味を引き出すことができます。』
『私たちは「今」の経験を生きようとする実存主義的な観点を変えなければなりません。私たちの「今」という経験は常に、遅延しているのです。』
『人それぞれの性格や過去の経験が、それぞれの事象の意識的な内容を変えてしまう可能性もあります。これは、人にはそれぞれ独自の意識的な現実がある、ということを意味します。』
参考文献
マインド・タイム
脳と意識の時間
ベンジャミン・リベット著
岩波書房刊
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